2011-12-20 22:46:00
有限会社水沢鍛造工芸社
岩手県水沢市に1952年創業し、主に鍛造工芸品製造、販売を行っています。鍛造部と表面処理技術部を有し、鍛造部では南部鉄器と共に南部鍛治の技術と現代のデザインや技術をプラスした製法を確立しました。また表面処理から塗装まで一貫製作が可能であり、表面処理技術部では精度を要する製品から美観的装飾品まで処理ができ、各種の硬質アルマイトや耐食性に優れた脈流有機酸アルマイトまで幅広く揃っています。
塗装ラインは、地球に優しい静電粉体塗装そして耐熱性、耐食性に優れたシリコンフッ素塗装などを行っています。
南部鉄器について
東日本応援企画 特集2 岩手県 南部鉄器02東北地方で製鉄が始まったのはおよそ7世紀後半と言われ、その後次第に南下して水沢に伝わったと語り継がれています。水沢の鉄器文化は栄華を極めた藤原三代の平泉文化とのかかわりが深く、信仰に厚い藤原清衡が、戦乱で倒れた兵士の霊を慰めるため中尊寺建立の悲願をたて、京都より招いた鋳物師に命じ多くの仏具を作らせた事に始まるといわれています。鋳物が水沢に栄えた理由には、北上川流域で良質の砂が取れたこと、北上川山地から鋳造に使われる砂鉄や粘土が出土したことがあげられます。
奥州藤原氏の滅亡以降は、日用品を細々と鋳造して日々の糧を得ていたようですが、ここから日常の雑器が作られるようになっていきます。
水沢に鋳物師が定住するようになったのは室町時代初期といわれています。江戸初期には地域に鋳物業が定着していくこととなります。1683年以降、鉄器は仙台藩の庇護を受け、鉄鍋、鉄釜を中心に、仏具なども生産し、幕末には大砲も鋳造したという記録もあります。現在さまざまな金属製品が氾濫する中で今なお鋳物鉄器が愛されるゆえんは、長い歴史につちかわれた、確かな職人の伝統技術と重厚な中にも漂う鉄の温もり、そして、鋳物製品がもつ数多くの利点があるからと考えます。そこで少し鉄器作りの工程をご紹介しましょう。

  1. 作図と木型 
    作図に基づいて木型をつくる(現在の木型は鉄製)
  2. 鋳型のできるまで 
    木型を手で回しながら鋳型をつくる
  3. 紋様をつけ肌打ちをする 
    鋳型の内側に紋様を押したり、鋳型の肌に肌打ちをする
  4. 中子づくり 
    砂に埴汁を加えたものを、中子型に入れてつくる
  5. 型の組み立て 
    鋳型に手で中子をはめ込み、鋳型を組み立てる
  6. 原料の鉄の溶解と鋳込み 
    鉄を溶解炉(キュポラ・こしき)で溶解し、それを鋳型に注ぎ込む
  7. 型出し 
    鋳型を外して、中の製品を取りだす
  8. 金気止め 
    サビ防止のために、木炭炉の中で製品を焼く
  9. 研磨と着色 
    外面の酸化皮膜を針金ブラシなどでこすり、ご刷毛で漆やおはぐろを塗る
  10. つるの取り付け(鉄瓶のみ) 
    鉄びん本体へつるを取り付ける

 
鉄瓶をつくるには、まずデザインを考えることから始まります。デザインが決まると鋳型の中に溶かした鉄を注ぎ込み、冷えるのを待って取りだし、着色、つるをつけて終わります。それを細かく追ってみるとと実にたくさんの行程があり、そのほとんどの行程作業が熟練を要求される仕事であります。
最近では海外で人気になっている南部鉄器は、伝統的な黒や茶のほか、カラフルな色をデザインに取り入れるなどして、諸外国でも受け入れられやすい商品が開発され、主に欧米に向けて輸出されています。
それと近年キッチンをIHにするお宅も増えていると思いますが、鉄器はIHでも直火でも両方使用が可能です。
 
カワグチ企画では日本を始め世界の多くの方々にこの日本が誇る伝統工芸を紹介できればと思っています。

被災を乗り越えて

≪有限会社水沢鍛造工芸社様からのコメント≫
今回の東日本大震災は今までにない強く長い揺れ、数え切れない余震、ライフラインのストップ、会社の被害は機械が倒れ、書類が散乱したり凄かったです。

会社の従業員の中にも親・兄弟などが被災した者がいます。
早く復旧することを願っています。
 
≪カワグチ企画より≫
有限会社水沢鍛造工芸社の皆様、コメントを寄せていただきありがとうございました。
今は大変な時だと思いますが、愛らしい南部鉄器の技術をぜひ守っていただきたいと思います。
 
カワグチ企画 スタッフ一同

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